ライフハック

ツイッター始めたら、わずか半年で‟ゆるサイドFIRE”した話

こんにちは、エヌです。

この記事は、『ツイッターを始めたら、約半年で“ゆるサイドFIRE”できちゃった!』という、お話です。

実際、私がどのようにして、“ゆるサイドFIRE”を達成したのかをお伝えします。

「うそだ!」「そんなのムリでしょ!!」と思われる方は、時間がもったいないので読むのを控えてくださいね。

将来への漠然とした不安を持っている方、何かに行き詰ってヒントが欲しい方、少しでも興味がある、半年くらいなら頑張れるかなっていう方に、読んでもらえたら嬉しいです。

ノンスキルから半年で“ゆるサイドFIRE”しました。

私はほぼノンスキル

PCスキルといっても、MicrosoftofficeのWord、Excel、PowerPointが業務に支障なく操作できる程度でした。

そんな私が、ゆるい感じで経済的自由をしかも最速最短で手に入れ、“ゆるサイドFIRE”を果たしてしまったのです。

ゆるサイドFIREってなに?

FIREとは、「早期リタイアしてお金のために働く人生から自分を解放する」という概念で、経済的自由と早期退職を意味した言葉です。配当取得・不動産取得などの不労取得で生活することです。

サイドFIREは、不労取得を得ながらも足りない分を勤労収入(副業含め)で補って生活すること、つまり資産収入で足りない分を働いて補おう、というのがサイドFIREになります。

ゆるサイドFIREは「造語」です。今の会社での働き方を変えることによって(例えばフルタイムからパートタイム)、空いた時間を好きなことや得意なことをしながら過ごし、幸福度を高め、収入を増やす、将来的に完全FIREを目指すスタイルです。

人生はわからないもので、「やると決めた!」瞬間から物事が動き出すものなのかもしれません。

私は半年間、ただひたむきに、一つ一つ積み上げてきました。

動き出してからの変化は劇的で、ツイッターを始めたころはそれが現実になるとはみじんにも思っていませんでした。

“ゆるサイドFIRE”へのロードマップ

基本な手順を抑え、真面目に積み上げていけば、“ゆるサイドFIRE”は不可能なことではないです。

ここからは、どのようにして積み上げていったのか、ご紹介します。

私がまずはじめたのがクラウドソーシングです。

クラウドソーシングには、デザインやプログラミング、アンケート調査の回答まで、多くのお仕事があります。

私の場合は、自慢できるスキルもなかったため、仕事を終えた後、自宅でできて、かつPC1台でWordのみでできるライティング案件に挑戦することにしました。

ライティングで月10万円稼げるまで

ライティング案件に挑戦した当初は、非常に安価な仕事しか請け負うことができませんでした。

文字単価は0.5円で3,000文字の記事を月4本。システム手数料が引かれ、月末に受取るのは5,000円程度でした。

文章はポンコツで、修正箇所も多く、1記事書くのに一週間もかかっていました。

相手先の担当者にはすごく迷惑をかけ、1記事1,500円を頂くのも申し訳なく思っていました。

ライティング案件の良いところは、リスクなしで始められて、パソコンさえあればカフェや図書館、どこでも、好きな時間に書くことができる、ところにあります。

また、しっかりした情報収集と内容の理解が大切になるため、常に新しい情報に触れながら学び続け、自分の見解を広げることができます

はじめのうちは、とにかくがむしゃらに量をこなしました。3000文字を月8本、2~3日に1本のペースで納品しました。

はじめたころと比べると2倍の量になりますが、月末には受取10,000円程度になりました。

一定量を積み重ねることで、質的な変化が起こるという『量質転化』の法則をご存知ですか?

とにかく量をこなしていると、不思議と質もたかまってくるもので、修正依頼はほとんどなくなりました。

このころから、複数の企業様と契約できるようになり、文字単価2~3円くらいまでいっきに上がりました。

書くスピードも以前より高まり、文字数は5,000文字程度に増え、それほど苦ではなくなりました。

3カ月後には月8本納品し月末には7万円~10万円程度の収入になっていったのです。

ツイッターが起爆剤となる。

月10万円を稼げるようになりましたが、日中の仕事を終えて、帰宅後睡眠時間を削りながらのライティングは、身体をむしばみ、完全無敵と思っていた心身はボロボロになりました。

このままだと、長くは続かないと思い、次の策を考えました。

それは、

単価をあげて、量を減らす」ことです。

そのためには、自分という存在を多くの方に認知される必要があり、執筆する内容も専門性に特化したものではないと難しいと考えました。

そこで利用したのが、ツイッターでした。

ツイッターは情報の拡散力が圧倒的に高いことが特徴の一つで、気軽にコミュニケーションが取れることが大きな魅力でした。

https://twitter.com/Nfit_stunforce/status/1494656888218079233

そこで、私自身の仕事における考え方や仕事ぶり、可能な仕事などを発信することで、私という人物を多くの方に認識してもらえるようになるのではないかと考えたのです。

フォロワーが700人を超える頃に、急にDMで仕事の依頼がまいこんできました。

これには驚きました!正直、怪しいなあ~と思い、はじめは無視したのです。

今度は企業の公式アカウントからDMが来ました。

これも偽・企業アカウントとして疑い、そのままにしていたら、その後本物と判明!

大変失礼な対応をしてしまいました(Kさんすみません)。

フォロワーが1200人を超える頃には、多くのご依頼を頂き、仕事を選ぶことができるようなったのです。

もともと興味があって勉強したかったこと、好きな分野で、すでに知識として持っているような案件を選び、1記事3~5万で執筆しました。

月にすると30万~50万程度まで稼ぐことができるようになったのです。

ここまでくると、気持ちにも余裕が生まれてきました。

働いているにもかかわらず気持ちが穏やかになり、将来に向けた収入の不安も解消されるなか、好きな仕事や、やってみたかった仕事にチャレンジできることはとても幸せで、嬉しく感じられました。

ライターからプレゼン資料クリエイター

ライティングを手掛けていた企業さまから、「自分たちの商品をより多くの人に知ってもらいたい」「問い合わせや資料請求といったリードを獲得したい」「求職者から多くのエントリーが欲しい」といった悩みを聞くうちに、ホームページや営業資料、会社紹介資料のライティング案件が舞い込みました。

これまでは記事だけを納品していましたが、

一緒に、各見出しのアイキャッチ画像をデザインして、納品してみました。

すると、これがヒット!

「営業資料(プレゼン)作成」「会社紹介資料作成」等のお仕事を頂くようになったのです。

今ではライティング力とデザイン力を活かし、プレゼン資料クリエイターとしてお仕事するようになりました。

半年“ゆるサイドFIRE”に至る3つのあれそれ

とくにスキルのなかった私が、なぜ‟ゆるサイドFIRE”に至ったのか、振り返ってみると思い当たる3つのことがあります。

前触れがあった。

人生の転機が訪れるタイミングやキッカケは、あとから振り返ってみて「あのときが人生の転機だったかもしれない」と気づくケースがほとんどかもしれません。

日々生活していると落ち込んだり、苦しい状況が数日間続き、自分や自分の人生に嫌気がさすといった経験は誰もが持っていると思います。

私の場合は、それが行動へ駆り立てた前触れでした。

現在の仕事に対して、中長期的な視点に立った時に満足度の変化を感じはじめ、尊敬してやまなかった上司とも話が合わなくなってきたのです。

今の会社でキャリアを積んでいくことが、本当に自分にとって幸せなのか、という感情が沸き起こり、自分の内面に変化が起こると、それまでプライベートで好きだったものへの興味や関心にも変化が訪れました。

すると、これまで気付かなかったことや知らなかった情報がどんどん入るようになってきて、心が落ち着かない出来事が増えてきたのです。

落ち込んだ気持ちや苦しい状況から抜け出すため、自分の価値観や考え方を見直し、「何かを変えなければ」といった強い衝動にかられました。

きっと無意識のうちに新しい刺激や変化を求めていたのかもしれません。新しい環境に身を置く必要を感じたのです。

「好き・得意」がハッキリしていた。

半年という短い期間で、行動に移し、結果を出してこれたのには、もう一つ大きな理由があります。

私の場合、好きなこと、得意なことがはじめからハッキリしていました。なにも迷うことがなく決断できたのです。

好きなことをしているときは時間が立つのを忘れて、熱中できますし、限界をちょっとだけ広げることができます。

そこに得意が加わると、とことんこだわって努力できますし、相手がもとめる以上のものをつくることもまったく苦ではないのです。

徹底的に凝ることができるので、ひとからみたら気付かないようなことも、細かいところにも目が行き届き、質の高いお仕事が自然とできていました。

信頼を一つ一つ積み上げた。

信頼というのは積み木のようなもので、コツコツ積み上げることが大切。

新しいことを始めるとき、実績がないのでお仕事の依頼もありません。

そんなときは「行動量」を最大化し、できることからはじめ、質を高めながら信頼を一つ一つ積み上げていくのが一番の近道でした。

「できないものをできる」と叫ぶのは、非常に危険です。

納期をしっかり守る、相手を不快にさせない言葉遣い、相手のペースに合わせる。つまり相手の立場に立った対応で、信頼を一つ一つ積み上げることが大切でした。

売上だけを追いかけていたら今のようになってはいなかったと思います。

ノウハウには再現性がある

私が、最短最速で、臨む未来に近づけたのは、既存のノウハウを忠実に再現し、誠実に取り組んだことです。

再現性のあるノウハウを紹介している本やサイトは多くあります。有料無料含め有益なものもあれば、そうでないもの、そこら中に落ちている状況です。

私の場合は、リアル書店にあった1冊の本との出会いが始まりでした。

どういったものであれ、再現性にウソはあまりないと思いますが、ひとによって合う合わないはあると思っています。

再現性があるのであれば、そのノウハウを使う人はみんな成功しているはずです。でもそうではない。

私が考えているのは、はじめのうちは再現性のあるノウハウをかりて、徐々に再現不可能な自分のノウハウを構築していくことがよいのではないかと思っています。

最高の未来というのは決断した瞬間爆誕する

決断する時は、どうしても失うものを意識してしまいます。でも、大切なのは理屈ではありませんでした。

才能とか、お金とか、成功の確率とか、そういうことが問題ではなかったのです。

「よしやるぞ!」と決めることが全てでした。

なんでもいいと思います。

まずは第一歩、自分でその道へ進むことを決断することだと思っています。

コメント

  1. こんにちは、これはコメントです。
    コメントの承認、編集、削除を始めるにはダッシュボードの「コメント」画面にアクセスしてください。
    コメントのアバターは「Gravatar」から取得されます。

Comments are closed.